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世間は春休みか。電車の中の親子連れが目立つ。親の鈍感力が目立つ。この鈍感力が無垢な子供達に受け継がれて行くと思うと
。。。。親を教育し直さないと日本は世界に誇る恥文化の絶頂期を迎えることになる。こと子育てに関しては愛する事と甘やかす事は対局にあるという事実を知らせたい。チャンスがあれば叫びたい!、、、私はかなりのスパルタ式(死語かも?)で子育てをした。(双子の長男二男)二十歳近くなるまで私がコワくて仕方なかったらしい。今思えば他人から見れば虐待に見えることもあっただろう。でも母子家庭で、働く事(お金を稼ぐ)に一生懸命だった私は子供達に目の届かない危険をいつも感じていた。やはりたいへんだったのは中学生のころか。長男はすぐ謝って逃げてしまう。小さい時から要領がいい。二男は初めて「だけどねえ!」と謝ることをせずにふてくされたクチゴタエをした時があった。身長はとうに私を越えて見上げるほどになっていた。頭の中をよぎった。”今、やらないとこの子は私をバカにし始める!絶対にそうさせてはいけない!”どんな理由だったかは忘れた。。。格闘した。もちろん私からの一方通行。(今思えば力は私よりあっただろうに防衛態勢はとっても攻撃はしてこなかった。たぶん気迫勝ち!)私の手が野球のグローブのように腫れあがった。手が痛い。近くにあったスリッパで殴った。それでも「ごめんなさい」の言葉はなかった。鼻血がでてた。”明日のジョー”みたいな二男。(我が身がどんな風体だったかはわからない、こちらもプロボクサーの気持ちか?)気は起っていたが体が思うように動かなくなっていた。クッタクタ。”でも負けられない!”、、、「そう!!そんな考え方をするお前を世の中に出したら、いつか他人に迷惑をかけることになる!そんなお前を産んで育てたのは私の責任だから、今、責任をとってやる。一緒に死のう!」学生服の後ろ襟をつかんでベランダへ引きずり始めた。私たちの部屋は8階だった。ベランダのガラス戸にてが届いた時にようやく二男がギブアップの言葉を発した。どんな言葉だったかは忘れた。。”わあ、勝った”ヘトヘトになりながらそう思った。二十年前の話。私も若かった(でも体力はあった腕力も並以上。子供の頃はハンドボールのゴールキーパー、オトナになってエアロビ腹筋100回なんて朝飯前だった)。。。。。つい先週会った時、三十を越えた長男が「最近になって、自分たちが小さい頃、なんでお母さんがいろんな事にうるさかったのか、躾けが厳しかったのか、よくわかるようになったよ」「出来ないと、知らないと(マナー)恥ずかしいと思うもん」と言った。「ふう〜ん、そう。へえ〜」二男との格闘を思い出したワケ! |
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出勤(私個人の)電車の中、もうすぐ吉祥寺駅につくという時、降りる支度=開くドアに向かっている時、目の前の男女の話が耳に飛び込んできた。まさに駅につこうかという時だから他の話声は少なかった。降りる目的にみんなが意識し始めたから当然の静けさだった。突然「ねえ、ワタシ、ニートしたい〜」目の前の男女、普通のプライベートファッション。どちらも20才くらい、学生か?(今思えば就職活動中の合間のデートだったのか)オンナの方がはばかる事のない声でノタモォうた。男「なぁにいってるのぉ〜?」オンナ「だってええ〜ハタラきたくないもぉ〜ん、ずうぅ〜と、あそんでたいもぉ〜ん!」男の方は普通の会話で受け答えをしていたように思う。その後の二人の会話は電車のドアが開いたとともに遠くへ消えた、しかし、オンナがノタモうた言葉だけが私の頭の中にこびり付いてしばらく取れなかった。今も聞こえる。だから書いてる訳だけど。。。どんな悪口雑言で罵倒しようかと考えたが思いつかない、、、きっと、神様もお聞きになっていたに違いない、神様に祈ろう、しかない、、、、、
テーマ:みろ!人がごみのようだ! - ジャンル:日記 |
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今日、出勤途中での事、当方、自転車にて歩行者を追い越し時の話。「すみませ〜ん」と声をかけて追い越した。。。今さら珍しくはないが改めて、一言!!!20才代、男、ワカメヘアーを逆立てたヤツ、黒レザー様?の上下のスーツ、腰にジャラジャラのアクセサリー?まあ、どんな格好でどこを歩こうが自由かも知れないが、場所違いのゴキブリにしか私には見えなかった。。。これだけでも鈍感力を発揮してるのに、左手で携帯電話を耳にあて、会話中。もちろん歩きながら。そして右手で火のついたタバコを携帯で話をしながら、振り回している。追い越しざまにタバコが触れそうに。。。歩道は幅が狭く、人がすれちがうのがやっと位。。。携帯に夢中の白昼のゴキブリ男は全く知らんぷり。私の方は追い越す手前の早くからタバコに気が付いていたから、よける準備と距離をとっていたので憤慨はしなかった。すべてが鈍感力のかたまりみたいな男だった。こんな白昼のゴキブリ鈍感男、対処方法はないのお???
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渡辺淳一さん著の『鈍感力』が売れているらしい。テレビでも売り上げのトップだとか。書店でもポスターが目立つ。でもねえ、本当に鈍感力が必要な人が呼んでるのかなあ?前にも書いたけど、自分の損得、自己防衛には過剰反応するくせに他者には多いに鈍感力を発揮している人が多いのに。心配だねえ。
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いつも悪口雑言のマイブログだけど、たまにはいいハナシを。。。10年程まえから、右脇腹のあたりに50円玉くらいの湿疹?ができてなかなか治らない。出来始めの頃は痒くて痒くて夜も眠れないほどだった。私に限ってほおっておく訳がない。10年程の間に回った病院10件余り、5年程前に、治ったのは一度だけ。けれど2、3年してまた出来てしまった。場所も大きさも同じ。最初の病院で「ああ、湿疹ですね」とチラっと見ただけで診断されて塗り薬を渡された。それでも痒くてたまらないのでまた行ったら、「女性は、40も過ぎれば、多少更年期のせいもあるかと思いますよ、神経が過敏になっているんですよ」と言われ、複雑な更年期の症状のひとつなのかと納得してしまった。しばらく更年期のせいと信じて、我慢の日を重ねた。ず〜と毎日、痒いわけではない。それでも薬局へ行く度「何かいい薬ありません?」と恥を捨てて脇腹を見せては助けを求めていた。「うう〜ん」と言ったきり、ほとんどの人が病院へ行く事をすすめた。何軒か行った病院でも治らなかった。けれど新橋駅近くのビルの中、偶然見つけた皮膚科の診療所、そこで初めて患部の皮膚をゴシゴシ掻き取ってガラスプレートにのせ、顕微鏡を覗いた先生。「ああ、治るかも」と直感した。「タムシですねえ」「はっ?タムシ?なんですか?それ?」
水虫の類いらしい。とにかく初めての診断名に驚きよりうれしさの方が大きかった。顕微鏡で皮膚組織を見たのはこのドクターが初めてだった。飲み薬と塗り薬をもらった。あっという間に治った。かゆみはすぐに止まった。茶色に変色していた患部が目立たなくなったのは2ヶ月ほどたって。うれしかった。そんなことがあって間もなく国立へ引っ越して来てしまった。しばらくしたら(2年くらいかな)、またかゆみが出て来て以前と同じ症状。諸事情があってなかなか新橋の病院へは行けなくなってしまった。でも原因はわかっているのだから、近くの病院でも大丈夫だろうと考え.た。自宅の近所の病院へ行き。「以前も同じようになったことがあってタムシって言われたことがあります」ろくに患部も見ないで「ああ、タムシね。じゃ塗り薬出しときますから」1分とかからない診断に私も納得していた。さあ、ところがいくら塗り薬をぬっても治らない。私はタムシだと思いこんでいたからどこの病院でも同じだろうと、国立、立川、吉祥寺、駅近辺の病院3件に行ったその最後の一件でなかなか治らないと訴えたら、「そんなに長く治らないという事は菌がもう君の体と共存してるんだよ、体調が悪くなるとかゆくなるんだろう?まあ治らないかもねえ」と言われガッカリした。「もう、ビキニを着ることもお嫁に行く事もないからもういいかなあ〜」と寂しく、病院めぐりを止めた。かゆくなればかゆみ止めの薬ですませた。広がって大きくなるわけではなかったのでなんとなく。。。でもお風呂へ入る度に目につく茶色の痣のような痕、気にならない日はなかった。”じゃ、何度でも病院へ行けばいいのに”と思われるだろう。自分でもよくよく考えてみるとどの病院のドクターもまともに取り合ってくれなかった事、それぐらいの事とか、タムシは水虫=水虫はなかなか治らない。それにあるドクターに「犬と一緒に同じ布団で寝てると治りませんよ」と言われたことが決定的だった。ワンコ達を今さら他の寝床になんて不可能だし。。。でも10日ほど前、立川の伊勢丹の近くのビルの4階の皮膚科の診療所に行ってみた。全く期待してなかった。かなり以前からそこに皮膚科の診療所があるのは知ってはいたけど、”どうせこんな一等地のビルの診療所だからタムシごときでまともには取り合ってくれないだろう”なんて思いこんでいた。でもねえ、違っていたんですよ。入って受付で親切な応対をしてもらった。ちょっと、うれしいオドロキ。”へえ、感じいいねえ”それでもドクターに期待はなかった。待ち合い室を見渡したら5、6人いた。若い人も、カレイな人も、子供(幼稚園ぐらいか)もいた、保護者同伴で。。。30分程で私の番に。診察室にいたのは若い学生みたいな背の高い、細めのドクターだった。「いやあ〜、お待たせしてすみません」と笑顔でイスをすすめてくれた。”へえ〜、今時、一流のレストランへ行ってもこんなふうには迎えてくれないだろうに”イッキに期待がふくらんだ。今までのいきさつを丁寧に聞いてくれた。それがとてもうれしかった。こんなにやさしくタムシの履歴を聞いてくれたドクターは初めてだった。顕微鏡で皮膚組織を観てくれた。「タムシではありませんよ。タムシ菌は見当たりません。湿疹です。ですが以前のドクターがおっしゃったように長い月日がたっていますので治すにはかなりの根気と時間がかかりますよ」、、、「先生、治るのなら1年でも2年でも頑張りますから、お願いします!」。粘り強さは自信があったから、そう言った。「まあ1年はかからないと思いますが、1日に三回、朝、昼、晩と三回、薄く患部に塗って下さい。ひと月程したらようすを見せて下さい」「ありがとうございます!」 うれしかったですねえ!こんなドクター(開業医)は久しぶり。個人の開業医は商売人が多い。だから売り上げの上がらないめんどくさい患者はいらないのだろう(特に私はは敏感だからかも。何を考えてるかすぐわかる)。。。”ああ、捨てたもんじゃないなあ、こんないいドクターもいるんだあ。来てよかったあ”ひさびさにあったかい気持ちになった。 入った時は余裕がなかったが診察室を改めて見渡してみると、小さい子供が書いたのだろう、ドクターへの感謝を込めたカワイイ絵が数枚飾ってあった。”やっぱり、チガウ!!” このドクターを知りたい方、お教えしますから、お電話をください。。。。 テーマ:スピリチュアル・ライフ☆ - ジャンル:ライフ |
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中央線の中、昼食後の昼下がり時、30代のサラリーマン風の男性、男女の絡み真っ最中のエロマンガ雑誌を人目もはばからず。大開きで堂々と?呼んでいた。鈍感力130%!!!これを最近は当たり前と感じるあなたも同罪!表現の自由をはき違えてる。会社や取引(得意)先の社長の前で同じように読めるんなら鈍感力120%にしてあげる、制服を着た子供も社内にはいた。自分の子供の前でも見るのだろうか?わいせつ物陳列罪という犯罪がある。公共の場で卑猥なマンガを広げるのことにホントに罪はないのお???
テーマ:環境問題考えなきゃ! - ジャンル:ライフ |
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ごめんなさい
二月はブログの更新が最低でした。言い訳ですがブログを書くテンションが今ひとつ上がらず、終わってみれば「あ”あ”〜あああのう、、、」という感じ。まあこんな時もあります。書くネタはたくさんあったんだけど。さて気合いを入れて!っと。”鈍感力”という言葉がテレビで飛び交っている。前首相が現首相を励ますために言った言葉だとか、(注:私が実際にこの耳で聞いた訳ではない。横道にそれるが最近?のテレビ放送は正確な報道が少ない。どうかすれば”ねつ造”する。のでコワい。”ねつ造”って、ウソ。そう、嘘をつくりあげること)。。。。。”鈍感力”普段使うことのない言葉なので印象的だ。新鮮でもある。(渡辺淳一さんの著書の題名らしいが私は知らないから)非常に敏感で傷つきやすい方には是非付けたい筋力ではある。しかし「自分が傷つく、自分が損をする、自分の欲望が満たされない」事に異常に過敏な人には付けて欲しくない筋力だ。自分の損得に関わることは敏感で他者に対する配慮、心配り、思いやりは鈍感。なんて人間にこれ以上鈍感力をつけてもらっては困る、迷惑だからだ。最近の日本人は自分の損得、自分の幸せにしか興味のない人間が多い。「先ず自分が幸せになることに精進する」このこと自体はいい事だと思う。「自分はどうでもいいから他者の幸せのために精進する」なんて究極の理想像なんてありえない。いや、マザーテレサのような人もいるから皆無ではないが、一般普通の人々、凡人、は、やはりある程度自分が満たされていないとなかなか他者の事まで思いやる余裕などないのが現実だろうと思う。(特別な関係は別。普通の親子、とか熱愛中?の男女とか)話が広がりそうなので、まとめると”他者への配慮、思いやりに欠けた人間が鈍感力を今以上に鍛えるとますます他者に対して鈍感になる事”への心配だ。鈍感力をつける場所をよく考えないととんでもない人間が増える。今以上増えたら日本人は終わりだ。まだまだ捨てたもんじゃないと思える人も多い。まだ間に合うかも。鈍感力は鈍感な人間には増殖しやすい。”いいえ、私は十分、敏感で苦しむ事が多い”というあなた。本当に他者への配慮、思いやりに敏感ですか?自分の満たされない欲求に敏感なんじゃないの?こんなにエラそうにいう私もつい最近まで自分のことしかなかった。幸せになれない意味がつい最近わかった。。。。。。だから言うの!それじゃダメ!って。。。 |
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。。。。親を教育し直さないと日本は世界に誇る恥文化の絶頂期を迎えることになる。こと子育てに関しては愛する事と甘やかす事は対局にあるという事実を知らせたい。チャンスがあれば叫びたい!、、、私はかなりのスパルタ式(死語かも?)で子育てをした。(双子の長男二男)二十歳近くなるまで私がコワくて仕方なかったらしい。今思えば他人から見れば虐待に見えることもあっただろう。でも母子家庭で、働く事(お金を稼ぐ)に一生懸命だった私は子供達に目の届かない危険をいつも感じていた。やはりたいへんだったのは中学生のころか。長男はすぐ謝って逃げてしまう。小さい時から要領がいい。二男は初めて「だけどねえ!」と謝ることをせずにふてくされたクチゴタエをした時があった。身長はとうに私を越えて見上げるほどになっていた。頭の中をよぎった。”今、やらないとこの子は私をバカにし始める!絶対にそうさせてはいけない!”どんな理由だったかは忘れた。。。格闘した。もちろん私からの一方通行。(今思えば力は私よりあっただろうに防衛態勢はとっても攻撃はしてこなかった。たぶん気迫勝ち!)私の手が野球のグローブのように腫れあがった。手が痛い。近くにあったスリッパで殴った。それでも「ごめんなさい」の言葉はなかった。鼻血がでてた。”明日のジョー”みたいな二男。(我が身がどんな風体だったかはわからない、こちらもプロボクサーの気持ちか?)気は起っていたが体が思うように動かなくなっていた。クッタクタ。”でも負けられない!”、、、「そう!!そんな考え方をするお前を世の中に出したら、いつか他人に迷惑をかけることになる!そんなお前を産んで育てたのは私の責任だから、今、責任をとってやる。一緒に死のう!」学生服の後ろ襟をつかんでベランダへ引きずり始めた。私たちの部屋は8階だった。ベランダのガラス戸にてが届いた時にようやく二男がギブアップの言葉を発した。どんな言葉だったかは忘れた。。”わあ、勝った”ヘトヘトになりながらそう思った。二十年前の話。私も若かった(でも体力はあった腕力も並以上。子供の頃はハンドボールのゴールキーパー、オトナになってエアロビ腹筋100回なんて朝飯前だった)。。。。。つい先週会った時、三十を越えた長男が「最近になって、自分たちが小さい頃、なんでお母さんがいろんな事にうるさかったのか、躾けが厳しかったのか、よくわかるようになったよ」「出来ないと、知らないと(マナー)恥ずかしいと思うもん」と言った。「ふう〜ん、そう。へえ〜」二男との格闘を思い出したワケ!



二月はブログの更新が最低でした。言い訳ですがブログを書くテンションが今ひとつ上がらず、終わってみれば「あ”あ”〜あああのう、、、」という感じ。まあこんな時もあります。書くネタはたくさんあったんだけど。さて気合いを入れて!っと。”鈍感力”という言葉がテレビで飛び交っている。前首相が現首相を励ますために言った言葉だとか、(注:私が実際にこの耳で聞いた訳ではない。横道にそれるが最近?のテレビ放送は正確な報道が少ない。どうかすれば”ねつ造”する。のでコワい。”ねつ造”って、ウソ。そう、嘘をつくりあげること)。。。。。”鈍感力”普段使うことのない言葉なので印象的だ。新鮮でもある。(渡辺淳一さんの著書の題名らしいが私は知らないから)非常に敏感で傷つきやすい方には是非付けたい筋力ではある。しかし「自分が傷つく、自分が損をする、自分の欲望が満たされない」事に異常に過敏な人には付けて欲しくない筋力だ。自分の損得に関わることは敏感で他者に対する配慮、心配り、思いやりは鈍感。なんて人間にこれ以上鈍感力をつけてもらっては困る、迷惑だからだ。最近の日本人は自分の損得、自分の幸せにしか興味のない人間が多い。「先ず自分が幸せになることに精進する」このこと自体はいい事だと思う。「自分はどうでもいいから他者の幸せのために精進する」なんて究極の理想像なんてありえない。いや、マザーテレサのような人もいるから皆無ではないが、一般普通の人々、凡人、は、やはりある程度自分が満たされていないとなかなか他者の事まで思いやる余裕などないのが現実だろうと思う。(特別な関係は別。普通の親子、とか熱愛中?の男女とか)話が広がりそうなので、まとめると”他者への配慮、思いやりに欠けた人間が鈍感力を今以上に鍛えるとますます他者に対して鈍感になる事”への心配だ。鈍感力をつける場所をよく考えないととんでもない人間が増える。今以上増えたら日本人は終わりだ。まだまだ捨てたもんじゃないと思える人も多い。まだ間に合うかも。鈍感力は鈍感な人間には増殖しやすい。”いいえ、私は十分、敏感で苦しむ事が多い”というあなた。本当に他者への配慮、思いやりに敏感ですか?自分の満たされない欲求に敏感なんじゃないの?こんなにエラそうにいう私もつい最近まで自分のことしかなかった。幸せになれない意味がつい最近わかった。。。。。。だから言うの!それじゃダメ!って。。。